(むこうじまひゃっかえん) 〜咲き乱れる四季の草花と漂う文化趣味〜 |
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【所在地】 墨田区東向島三丁目 【問合先】 03-3611-8705 向島百花園管理所(サービスセンター)[〒131-0032 墨田区東向島3-18-3] 【交通】 東武鉄道伊勢崎線「東向島」下車 徒歩8分 京成電鉄押上線「京成曳舟」下車 徒歩13分 都営バス 亀戸-日暮里(里22)「百花園前」下車 徒歩2〜3分 【休園日】 12月29日〜1月3日 【入園時間】 午前9時〜午後4時30分(閉園午後5時) 【入園料】 一般150円、65歳以上70円 ※小学生以下及び都内在住・在学の中学生は無料 【無料公開日】 みどりの日(5月4日)、都民の日(10月1日) |
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【概要】 江戸の町人文化が花開いた文化・文政期(1804〜1830年)に造られた花園。庭を造ったのは、それまで骨とう商を営んでいた佐原鞠塢(さはらきくう)。交遊のあった江戸の文人墨客(ぶんじんぼっかく)の協力を得て、元旗本、多賀氏の屋敷跡である向島の地に、花の咲く草木観賞を中心とした「民営の花園(かえん)」を造り、開園しました。 開園当初は、100本のウメが主体で、当時有名だった亀戸の梅屋敷に対して「新梅屋敷」と呼ばれたほどです。その後、例えば、ミヤギノハギ、筑波のススキなど詩経、万葉集など中国、日本の古典に詠まれている有名な植物を集め、四季を通じて花が咲くようにしました。「百花園」の名称は、「四季百花の乱れ咲く園」という意味でつけられたものです。 百花園は当時の一流文化人達の手で造られた庶民的で、文化趣味豊かな庭として、小石川後楽園や六義園などの大名庭園とは異なった美しさを持っています。 民営としての百花園の歴史は昭和13年まで続き、同年10月に最後の所有者の小倉未亡人から東京市に寄付され、翌14年7月に東京市が有料で制限公開しました。なお、昭和53年10月に文化財保護法により国の名勝及び史跡の指定を受けました。 |
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